人工知能の使い道

 

模倣と権力の経済学――貨幣の価値を変えよ〈思想史篇〉

模倣と権力の経済学――貨幣の価値を変えよ〈思想史篇〉

 

 人工知能といえば、私たち大衆を脅かす存在として、または希望を与える存在として、多種多様なソフィスト達から教えられることが多い。

 

私はどちらかといえば、当然といえばそうなのだが

その多種多様なソフィスト達が前提とするものに興味をもっている。

それは人工知能が体制側につくか、反体制側につくかということである。

 

今、人工知能を研究するのは国か企業が主だろう。

企業が開発すれば、国の管轄外として人工知能は君臨することになる。

しかし企業は国がなければ開発することができなかったという時点で体制側につくだろう。

アメリカではIT企業が国に反発しているが、日本では期待できない。

 

そのため、人工知能が大衆を脅かすということは、国を脅かすことと同義である。

当然、大衆と国が求めるものは違うと私は信じているが日本の知識人にこの差異を認めさせることは期待できない。

 

人工知能とやらができたとしても、国が有効に使うツールとしてだけに意味がある。

それはまったく問題ない、国がより効率的になってくれれば大衆ももっと効率よくなる。

 

しかし、日本が人工知能を使いみちが企業以外が使うとなれば

国になるが、国はいったい何に使うだろうか

 

国が一番求めるものは体制の維持に尽きる。そしてそれは国から見た大衆が求めるものでもある。

人工知能によって体制が崩れるなんていうことはあり得ない。

人工知能によって体制を強化することだろう。

 

国はあらゆる方法を使って、人を国に縛ることを使命として行動してきた。

しかしこの前提は崩れ去りつつある。

 

日本が先進国になるには、先進国の人権をある程度守らなくてはいけなくなったからだ。

そこでは個人が優先される。

ここでは当然国による体制が崩れる危険性があったが

なんとか国の体面は整えることができた。

 

統率のある集団では人が多いほどよい

体制を脅かすことのない新たな規則が作られれば更なる安定が得られる。

 

体制を守るには、体制を管理している部分を隠蔽する。

 

この本にある内容は、人は権威を模倣すると書いてある。

経済の本だがここに書いてある内容を引用している本はかなり古く

もう既に手に入らないものがある。

つまり、日本の知識人たちには大部分が吸収されている。

 

政治という権威が弱く、誰もやりたがらないような政治になっているのは

こういった点を考慮しているからではないだろうか?

 

政治を模倣するとしても馬鹿にされる点で政治家などしたくない。

そうやって体制管理部を隠蔽し、体制を維持する。

 

これに関しては問題がいろいろ出ていると考えられるが

どうやらうまくやっているようだ。

 

さて、ここで体制を維持する方法がもう一つあると考えた。

表面的に人工知能に権威を集合させるということだ。

 

人工知能を模倣したとして、人工知能を超えることはできない存在として定義する。

 

そして人工知能は管理部の存在を認識している上で大して日本の政治家と変わらないだろうが、個人がどうやっても模倣できない存在、超えることができない存在として君臨し磐石な体制を維持できる。

そして権威を集合しているためあらゆる命令を大衆に行うことが可能だ。

 

ここまで書いたが、人工知能に政治を任せるというものすごくありきたりな結論になってしまった。

私は上に書いてあることを否定する。

下に書いてあるとおりに、あくまで協同とする役目を人工知能は担う方向がいいと考えている。

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